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2018年1月11日 (木)

2017年ふりかえり

正月休みもその次の3連休も過ぎ、すっかり平常運転になってしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。
昨年の年頭には、音楽の範囲限定での「2016年のトピック」を列挙しました。
楽器の上達に関しては脇に置いて、劇的な発見が多かった1年でした。
一言で表すなら、新しい世界が開けたというのがぴったりです。
2017年もふりかえってみるかな。

◆弦楽合奏の合宿に初参加。たくさんの楽器と合わせる第一歩。

◆40年ぶりにピアノの発表会を体験。
能力ギリギリの曲を選び、技術的・精神的・情緒的に今現在の自分の力を客観的に把握できた。
再開して5年目に入り、ようやくピアノと手がお友達になったと感じられたのもこのあたり。

◆メシアンの『幼子イエスにそそぐ20のまなざし』全曲演奏会が東京で1年に2回もあった。この中から2~3曲だけでもプログラムに入れるピアニストは少なく、全曲ともなるととても珍しいのである(2時間以上かかる)。
そんな貴重なものを2公演とも聴くことができ、僥倖だった。
音楽で哲学するというのは若い頃には他人事だったが、この曲では「そういうことか」と納得する。年をとるといいこともある。

◆94歳の誕生日目前のピアニストのコンサートを聴き、人間が音楽を演奏する意味について思いめぐらすこととなった。
聴いている間はその音楽と音色の美しさを味わっていたけれど、あとからいろいろと考えがわいてきて余韻が長いどころではなかった。
それにしても丁寧な音色づくりには感服したし、そのピアニストの「何歳になっても理想の音楽をあきらめてはいけません」との発言を読んで、あきらめないことなら私にもできるなあ…と思ったのだった。練習をしていて、音は合っているのに何か納得がいかない場合、あきらめずに模索を続けよう。

◆ルネサンス音楽を愛しすぎているリュート奏者とリコーダー奏者による、ポリフォニー音楽白熱教室を聞いた。
ドイツで研究&演奏活動をしている日本人たちで、二人ともしゃべることしゃべること、これが死ぬほどおもしろくて、いやそれどころではなく、死者も思わず生き返るくらいおもしろくて、ますますルネサンス音楽の沼にはまったのであった。
演奏もたっぷりあったので満足度高し。昨年のコンサートのベスト3に入る。うーん、1位でもいいかもしれない…

こうしてまとめてみると、前年ほどの劇的変化はなかったものの、聴く方での収穫が多かったので、インプットの年だったのだなと思います。

2017年12月12日 (火)

ブラームスの印象

さてそのブラームスですが、ロマン派の中で誰にする?ということでそれにしたんですけど、改めて調べてみるとおぼろげだった印象がだいぶ変わってきました。
生きた年代はロマン派の後期ですが、曲(特に管弦楽曲)は古典派に近いものだったんですね。
ベートーヴェンへの尊敬の念が強すぎて、ベト風から脱する気がなかったという。
ただ、ほっといたら古典派っぽい音楽は廃れて埋もれてしまったかもしれない(バッハはそれで一度忘れ去られましたからね)。ベト風の、小編成でがっちりした構成の交響曲を継承し、同時代の仲間たちが交響曲を発展形にもっていくきっかけを作ったんだって。チャイコとかマーラーとかが、編成を厚くし、形式よりもストーリーを重視した交響曲を生み出したのもブラームスのおかげだったりして?
ピアノでちゃんと習ったのはハイドンベトモツまでという私には、ロマン派の入り口にそんなブラームスを持ってきたのはよかったのかしら。

でもそんなブラームスでもピアノ曲には結構ロマン派の香りがするよ。
そもそもピアノ曲のイメージのない人で、ブラームスといえば交響曲とハンガリー舞曲とヴァイオリン協奏曲、ピアノはかろうじてワルツ(Eテレ2355)、あとは何があるの?と思っていました。
ここ数年で、「交響曲は意外と4曲しか書いていない」「室内楽曲は割と多い」「歌曲はとても多い」「ピアノ曲は若い頃と死ぬ前に集中して作曲し、数は少ない」ということを知りましたが、ピアノ曲に限らず全体的に多作ではないということもなんだか意外。
超マジメで完璧主義者、推敲に年月がかかったらしいです。
ピアノ曲から作曲を始めましたが、たいした曲数を作らないうちに交響曲などの大作に向かっていき、ピアノへの興味を失ったかのような時期が長かった。亡くなる4年前に身辺整理などしてから「やっぱピアノ曲を書いときたくなったわ」とばかりに短い曲を20曲(と声楽曲を少し)続けて作ったそうです。
そんな事情を反映し、最後の20のピアノ曲には地味・暗い・ゆっくりの曲が多いです。速い曲でもほの暗い。遺書みたいな曲と位置付けられていますし、死にゆく自分への子守唄だと自分でも言っていたそうです。でも美しいんですよ。
私は50歳を過ぎてから初めて聴いたので、しみじみいい曲だなと第一印象から良かったんですけど、もし若い頃に聴いていたら「暗い!遅い!いらん!」と切り捨てていたでしょう。
聴けば聴くほどしみるスルメ曲たちです。

2017年12月11日 (月)

最近のレッスンメニュー

久しぶりにピアノのレッスン風景など。
当初からずっと3冊の楽譜を使っています。
別々の3つの目的に沿った3冊なんですよ。

①純粋に技術だけをとり出してレッスンする

樹原涼子著 『ピアノランド』 テクニック編 全3巻

『ピアノランド』というのはまったくの初心者用の教材シリーズで、曲を弾きながら楽譜の読み方のルールなどを覚えていくタイプの楽譜です。昔なら『バイエル』一択だったのが、今はこのような教材がたくさん出ています。
で、その姉妹編で「テクニック」に焦点を絞った別冊があり、それを使って基本を叩き直しているというわけです。
ここに出てくるようなことは遠い昔に全部やってきたのですが、今更こんなことなんて思ったら大間違い。細かい点では完璧に習得できていなかったことが自覚できて、叩き直し甲斐のあるレッスンとなっています。
体の使い方も自己流で、無駄な動きが多かったり、力の入れどころがまったく間違っていたり、直すとラクに弾けるし、昔できなかったことができるようにもなるし、いいことばかりです。
音符の意味(長さとか)を正確に考えるクセもつきました。
初級の曲でも、「こんなのパッと見てサラッと弾けるじゃん!」なんてもう言えませんよ。

この教材は今の先生についた当初から使い始めて、全3巻の最終巻に入りました。
その巻は、小学校高学年くらいにならないと身体的に無理かなという内容が多いです(体のサイズや筋肉の発達などの問題)。
表紙のイラストも、上巻は幼稚園児くらい・中巻は小2くらい・下巻は小6くらいの子が描かれていて、なるほどです。

②並んでいる音符を見て作曲家が曲にこめた意味を考える訓練

バルトーク作曲 『ミクロコスモス』 全6巻

これも当初から使い始めて第2巻に突入。4巻までが学習用で、5・6巻はいきなり中級の上くらいにレベルが跳ぶ不思議な曲集です。
2巻くらいまでは、見た目は『バイエル』くらいのまばらな音符で手が小さくても弾けるように書かれているのですが、調性やリズムがとても変わっていて従来の「音楽らしい音楽」「きれいでうっとりする音楽」ではないので好みが分かれるところです。
『バイエル』はベートーヴェンと同じくらいの時代に作られましたが、バルトークは最近の人だからね。
ですが、子供のうちから習うのなら、最初からこのようなへんてこな譜面に慣れ親しんでおくと、先々お得だと思います。
私の場合は、近現代の音楽が好きな人だからこの曲集がいいだろうと先生が考えたそうです。ドンピシャです。

毎回、おもしろいストーリーが思い浮かんできて超カンタンな譜面なのに演奏を楽しんでしまいます。
そんな中で、「ここで左手と右手が反行します」「ここからカノンになっています」「これはフリギア旋法です」「終止の直前にナポリの6度、来ましたー」などと文法的なことを見つけて、かつそれにきちんと対応するクセをつけるよう訓練中です。
弾くだけで頭がいっぱいになるレベルの曲では、いろいろ考えて演奏することが大変なので、あえてこのレベルで丁寧に、という趣旨なのです。
いちいち身構えなくても、自然にできるようになったらいっちょ前なんだが。
短くて音が少なくてヘンテコな曲なので、曲の美しさにごまかされずに文法を考えることができるんですよね。美しい曲だと、なんとなく盛り上げて歌った気になるというワナがある。

2巻に入ってからは全曲やらなくてもいいかな~となって、抜粋してレッスンしています。
1巻が終わった時、先生は「次どうしましょうねえ。いきなり6巻に行ってもいいかもしれない」ともおっしゃっていましたが、おもしろがってやっていることだしもう少しやってみることになったのでした。
4巻までは同じようなレベルでじっくり固める構成だから、大人はある程度やったらとばしてもいいかもしれません。

③上記の曲集で練習していることを「音楽らしい音楽」でも応用する

カバレフスキー作曲 『子供のための小曲集』

この人も近代人なので、ベトモツ時代やロマン派のようなオーソドックスな曲ではないのですが、さほど奇抜な曲ではありません。
初級でオーソドックスだと「ツマンネ」と思っちゃうからこれくらいでちょうどよいです。
『ブルクミュラー25の練習曲』と同じくらいのレベルと内容で、時代感だけが違うかな。
30曲入っていて、4曲まで先生が選んでレッスンし、最後に好きなのをやってこの本は卒業しましょうとなったのですが、好きなのが2曲あって選べなかったので両方みていただき、ようやく終わりました。
この先生とディスカッションしながら曲を作っていくのが楽しくてねえ。初級本なので一人でサクッと弾いて終わりでもいいんだけど、対話によってより深い世界が生まれるからもったいないんですよ。
先生はSFとか漫画とかに結構詳しいみたいで、説明抜きで通じる世界観が合うというのが大きい。西洋音楽をやっているのだから、キリスト教や神話や西洋史も最低限知らないと盛り上がらないし、好みや感じ方に相違点も多々ありますがそれがまた刺激的でおもしろい会話に発展する。文化的背景に共通項が多いのは大事だなと思います。

さて、子供曲での応用を卒業したのでいよいよブラームスをやっていくことになります。
結局、「好きなの選んでいいですよー」ってことで、晩年の4つの小曲集から私にも弾ける曲を番号順にやっていくことにしました。
『幻想曲集』(全7曲)
『3つの間奏曲』
『6つの小曲』
『4つの小曲』

全20曲中、速い曲を除いた10曲ほどを仕上げられたらいいな。
CDで聴きまくっているのですが、「ゆっくりの曲だから棒読みレベルなら難しくないし、細かくじっくり勉強できるだろう」と思っていざ弾いてみたら、とんでもなかった。
地味に込み入ったことをしている。
ピアノの達人だったブラームスは、若い頃は技術に走った派手な音楽を書いていたけれど、晩年になって俺ももうじき死ぬんだなーなどと考えながら、作曲技術の粋を集めて枝葉を取り払ったように書いた曲は、別の意味で技巧的なのだった…。
しかしスローテンポの曲だからがんばればできる!と言い聞かせて、ゆっくり地道に譜読みをしています。
平日はあまり練習できないから中学生の頃のように1週間でソナタ1楽章読んでしまうようなペースではできません。まあ大人のレッスンなので、途中までしかできていなくても大丈夫です。
地道に確実に!どれも好きな曲なので飽きずにできると思います。

2017年10月22日 (日)

ロマン派への入口

子供用の教材でピアノレッスンを続けて1年半。
発表会の曲だけは大人仕様でしたが、教本も曲集も子供のために書かれたものしか使ってきませんでした。
余裕で弾ける曲を深く掘り下げる練習でとても充実していましたが、発表会が終わったのを機に、そろそろ違うことをやりましょうということになりました。
基礎の叩き直しから次の段階に進むことになったんですね!
とはいえ基礎も中度・高度のことが待っているので引き続きやっていきますが、経験者の大人ならではの曲で応用力をつけていくのかな?と思います。

残っている子供曲集を11月半ばくらいまではやるので、それまでに次の課題曲集を決めるということで選ぶ材料を尋ねられました。
「作曲家や具体的な曲などご希望はありますか?」
「未踏の地であるロマン派をそろそろ…」
「お!私も絶対ロマン派がいいんじゃないかなあと思っていたんですよ!でも、ロマン派には興味ないとちょいちょい表明していたからなあ…どうかなあって。やー、よかったです!」
「昔習ったベトモツのソナタを一からやり直しという線もちらっとよぎったのですが、今はまだそんなに乗り気ではないなあ…まあそのうちに…という感じです」
「なんと!私もまったく同じことを考えていました。いつか必ずそういう(ベトモツ)気分が訪れるのでそしたらやりましょ~」と盛り上がりました。
で、ロマン派の誰にする何にするでひとしきり固有名詞が飛び交って、シューマンかブラームスかまで絞ったところで話の続きは翌週へ持ち越し。

ロマン派で中級ならまずシューベルトとかなんですけど、シューのピアノ曲には萌えないので選択肢に入らなかった(何度も言うが、シューの良さは歌と弦楽にある)。
シューベルトの「楽興の時」第2番は中級の代表選手↓

ショパンは聴く分にはいいが特に弾きたいものではない。

シューマンはお互いに具体的な曲名がばんばん出てきたけれどどうかな。
先生が「クライスレリアーナとか!」なんておっしゃるので
「いやいやいやいや!難しすぎます!」
「それはまあ難しいですけど」
「クライスレリアーナでシューマンに興味を持ったくらいで憧れの曲ですけど現世では無理だと思ってますー」
「えー、できますよ~」
「うっそーん」
「いけますって~」
「8曲の中には速すぎないのもありますが…」
などと夢のような会話もありましたが、ロマン派への入り口に持ってくる曲ではないわいな。でもいずれ中の何曲かはできるかもと希望は芽生えました。

あと、ブラームスの話では
「ワルツ集はよく弾かれているのでちょっと見てみたことがありますけれど、弾くのがしんどいなという印象でして」
「あら、あれは弾き易いですよ!(先生の目がきら~ん☆)」
というやりとりも。ブラームスのピアノ曲は中級の上くらいからで気軽に手を出すようなものではないと思っている中で、唯一ポピュラーかつ手を出し易いのがワルツ集なんですよ。
でも、左手がブンチャッチャの伴奏になっている3拍子の曲がどうも好きじゃなくて…近代以降の3拍子曲はブンチャッチャぜずにワルツに仕立てているので、弾いていてすごく楽しく乗れるのですけども。
ブラームスなら間奏曲(インテルメッツォ)や奇想曲(カプリッチョ)がいいなあ。1曲1曲が短いし。

そして翌週、シューマンとブラームスどちらがいいですか?とストレートな質問があったので、ブラームス!と即答し、選曲はおまかせすることになりました。
さて何が来るでしょう。わくわく。

2017年10月 9日 (月)

緊張経験を積む

ヴァイオリン(とピアノ)の教室は、祝日はレッスンがお休みで、その日には先生のお宅で小さなイベントをすることがあります。室内楽の軽いレッスンや、千円ほどの会費でのミニ発表会などです。
今日はミニ発表会が企画されたので久しぶりに参加してきました。
人前で演奏することに慣れようという趣旨なので、このために特別に曲を練習してくるわけではなく、普段のレッスンで練習中の曲の途中経過を聞かせる人が多いです。
今回は先月の発表会で弾いた曲をもう一度おさらいする人がほとんどで、私もその中で一番好きな1曲を選びました。4歳から8歳の小さいお友達も4人参加したので、2曲は飽きるかもと思って1曲に。

本番(?)のあとは懇親会。そっちがメインという説もある。
子供たち同士は、発表会でちらっと挨拶したくらいのほぼ初対面だそうですが、あっという間に仲良くなって遊びまくっていました。
お母さんがたも、このスクール内でのママ友ができてとても嬉しそう。どうやって練習させるかなど情報交換もされていましたし、ご自身も音楽が大好きなので大人の生徒と一緒に盛り上がりました。お子さんたちが一人で練習できるくらい大きくなったらご自分もヴァイオリンを習う予定だそうです!いいなあ家庭内室内楽。

それにしても、言うまでもないが子供さんは入門クラスでも大人とは全然違うっす。
まだ曲らしい曲まで到達していなくても、音程は大人ほど狂わないし、なんといっても体全体の使い方がとても自然で、躊躇なく弓を弦に命中させるんですよねえ。当てる強さもばっちり。音階や調なんかも、理屈ではなく感覚で体得してしまうでしょうし、大人たちは「まいったなあ」の連発でした。
この分なら高学年になったらいっぱしのヴァイオリニストですよ。
先生が「最近、男性のイベント参加率が上がって喜ばしい!」と喜んでおられて、今回は新メンバーの若い男性がさっそくの参加。こういう習い事は女性の方がどうしても多くなってしまうけれど、気後れせずにどんどん来てくれると多様性の面でもいいことですよね。

このミニ発表会はリビングで行うので、最大20人くらい参加できるのですが(演奏せずに聴くだけの参加は不可)、それはヴァイオリンやヴィオラの場合で…私の番になると、ピアノのある狭いレッスン室に移動してぎゅうぎゅうに詰め込まれることになります。
去年も1度参加して様子はわかっていたのですが、あのときの参加者は8人だったから…それでも結構ぎっしりだった。
今回は、大人は半分以上が立ち見となり、子供たちは床にぺたんと座って、もうピアノ椅子のふもとまで人が押し寄せている状態で、じーっと見ているわけです。皆さんが立ち位置を決めたとき笑いが起きてしまいましたよ。あまりにも近すぎるから。人前で演奏する経験にもほどがある(笑)。
これまでの人生で一番緊張したかもしれない。前半はまだ「落ち着けー落ち着けー」と唱えながら弾いていて幾分マシだったけれど、半分過ぎたあたりから効き目が切れてド緊張が始まり、エンディングが近づくにつれ手がふるえてくる始末。
終わってお辞儀をしてから、震えまくる手を見せて爆笑をとりました。
でもなんとか落ちずに弾き切れたのは良い経験になったと思います。
それに、終止部分は会心の出来となり、自分の中で「おお!」と思ったのと同時に大人たちから「おお~」とため息がもれたのも良かったです。曲の中でもこの部分は本当に好きで、聴く人みんなに「すごくいい曲!」と思ってもらいたい(好みもあるけど…)ので、嬉しい。
さらに、この会では、一人が演奏を終えるたびに全員が「よかったところ」を書いて(無記名)渡すので、失敗しちゃったと思っても元気づけられるんです。どれもニヤニヤと嬉しいものでしたが、中でも子供の字で「とてもいい曲だったので、もう1回聴きたいです」と書いてあったのが明日への糧になりました。
先生からは、発表会のときの演奏よりも今日の方が良かったと言っていただけたのが何よりのごちそう。この曲はまだ毎日練習しているからね。

2017年9月29日 (金)

ドビュッシーの習作

次の室内楽の発表会はたぶん2020年。
何人かの生徒さんがやっていた「自分以外は全員プロ」のチームで参加すれば、自分のやりたい曲を持ち込みでできるんだよなー。
生徒同士で組むのも勉強になるけれど(至らない同士であぶりだされる問題点の貴重なことといったら)、ちょっと背伸びした曲を気持ちよく演奏する喜びも捨てがたい。
やりたいことはやっておかねば。もう若くないのでござる。
「自分の腕ではかなり無理があるが、死ぬまでにやっておきたい曲がある」という人は多いでしょう。ボロボロでもいいから1度お手合わせ願って「思い残すことはない」と笑って死ぬんだよねきっと。
私の「無理だが死ぬ前になんとか」はラヴェルのピアノ三重奏曲。ラヴェルの晩年の傑作で、遺言とまで言われているくらい内容の濃い作品。表面をなぞるだけで精一杯だろうけれど(いやそれすらもどうだか)、本当に一度でいいからやってみたいな。

それはさておき、フォーレ&ドビュッシー&ラヴェルのピアノ三重奏曲がセットでCDになっていることが多いんですよ。
3人ともピアノ三重奏曲は1曲ずつしか書いていないのと、音楽史的にも3人並べるとおさまりがいいのとで、そうなるんですよね。ちょうどCD1枚の長さだし。
なので、ラヴェルを聴くならついでに、と3曲続けて聴いてしまうんですが、この3曲の中でドビュッシーのだけが見劣りするなあといつも思っていました。
フォーレは他の2人より時代が少しだけ古いので、さほどとんがったことをしていないのは当然なのですが、ロマン派にしては近代の風を感じるところもあり、もっと古い「ザ・ロマン派」とは一線を画す響き。それに、ラヴェルのそれと同様に亡くなるすぐ前の作品だけあって、持てるものを出し尽くしたのであろう完成度の高さです。
しかしドビュッシーのは…うーむ。それに、出来がどうこう以前に、どこがドビュッシー?と首をひねるくらいにドビュッシーらしい要素がほとんど入っていないのも謎だ。
ここにきてようやく調べました。ドビュッシーのピアノ三重奏曲なんて最近まで存在することすら知らなかったのですが、なんとなんと作曲を勉強し始める前、17歳のときの作品だったんですって!そりゃレベルが違いすぎるってもんですわ。
書かれてから百年たって原稿が出てきたんだそうです。本当に習作レベルなんですね。

とはいえ美しいメロディーはあちこちに散りばめられていて、ロマン派の曲だと思えばそう悪くないぞ。時代的にはロマン派が終わりかけの頃だから、先輩たちの作品を参考に作ってみたわけで、素人少年がよくぞここまでという気になってくる。
ラヴェルやフォーレの三重奏曲に比べると、ピアノがさほど難しいことをしていないので、もしかしたらこれならそんなに無理せずとも弾けるかも…。
折しも、行きつけの楽譜専門古書店で、この曲のとても状態のよい楽譜が見つかり、それなのに驚きの低価格だったので「思わず!」。
(まったく同じ楽譜が新品なら6,200円もします。室内楽の楽譜は輸入品ばっかりで本当に高いのです…。古本とはいえ、書き込みも折れ曲がりもないのに1,500円とは何かの間違いだろうか)

さっそく楽譜を見ながらCDを聴きました。おお、これはいけそう。
そして、何ヶ所か、ピアノ曲によくみられるドビュッシーらしいクセのようなものを見つけました。後の片鱗はあったんですなあ…するっと聴いていただけではわからなかった。
そして、楽譜を見ながら何度か聴いて演奏のイメージを作っているうちに、ちょっと好きになってきました。正確には、ツボに入るポイントをいくつか見つけて、それが回を重ねるごとに少~しずつ増えていくの。
《嫌いではないがどうでもいい曲》だったのが、「とてもツボ!」な箇所がちょこちょこあるおかげで、気になる曲に昇格したわけです。
技術的な難所はないので、弦と合わせる勉強さえ積めばできると思います。
2020年に間に合うかはわかりませんが、遅くともその次の室内楽発表会までにはなんとかしたいですね。

2017年9月14日 (木)

強弱で表現すること

ピアノの発表会から10日ほどが経ち、次のことに向かっているここらあたりで、ちょっとふりかえっておきましょう。

チェンバロでは、楽譜を見て「ここはおいしい箇所だ」と判断したらテンポを少し遅くして(ためて)華麗な装飾など入れたりもして協調するのですが、ピアノでは必ずしもそれが吉と出ないことが多いなあと思う今日この頃です。
ロマン派のたっぷりした曲なら、《ため》がベタすぎるくらいでちょうどいいこともあります。ショパンの短調のバラードなどなど。
ですが、私が今回のピアノ発表会に選んだ曲はクール・ビューティーの王様ともいえるラヴェル。
美しいメロディーだもの、たっぷり歌いたいわぁと思う心をぐっと抑えて、あえてメトロノームのようにテンポを保たないと、かえってごてごてとした悪趣味に陥る。ダサいともいう。
1曲をこんなにみっちり掘り下げたのは初めてですが、掘れば掘るほどに魅惑のラヴェルが私をとらえて離さない。よくセットで語られるドビュッシーの音楽は、割とストレートに甘いところは甘いのですが、ラヴェルはいつでもぶれずにツンデレなんだなーと最近思うようになりました。
甘いハーモニーをつけていても、メトロノーム的にツンツン演奏するのがはまるラヴェル・スタイル。
今回の曲で言うと、甘く歌いたい箇所でも、振り向きもせずハイヒールで颯爽と通り過ぎ、ラストにラヴェル本人の筆で「ここからテンポを落とせ」と指示が出てくるまでは厳格なまでにテンポは揺らさない。それでラストの気だるい余韻が生きるのよねー。

あと、テンポを揺らすと簡単に劇的になるのでついつい安直にやってしまいがちですが、テンポそのままで音量の上げ下げでドラマチックさを演出する方がベタさ・ダサさが抑えられることがわかってきました。
他の人はどうかわかりませんが、私の場合はテンポを揺らして「ほらここ歌ってますよ~」と表現する方がラクで、かなり意識しないと劇的なまでに強弱を使い分けることはできませんでした。
メトロノームを本当に鳴らしながら、強弱だけでデレを表現する練習をレッスンでしてみたところ、私にはフォルテの総量が少なすぎることが発覚!楽譜にmfと書いてあったらあまり強くしちゃいけないな、ととらわれすぎる傾向にあったわけです。
強弱なんて相対的なものなんだから、曲想によってはmfの指示があってもfとかffを出しても良いし、その前の部分の強さで調節すればいいんだ…目からうろこがバッサバサ。
例えば、サビの部分がpから始まって最高潮に盛り上がったところにfと書いてあったとする。その場合のpからfまでの幅が狭いと指摘されました。もっと幅広く!
だから、fは私が想定しているより強いものだったんですねえ…自分では強弱をつけているつもりでも、客観的にはあまり差が感じられないそうです。そう言われてそこに注目して聴きながら弾くと、確かにその通り。
たぶんほら、子供心にご近所に遠慮もあってこんなもんでいいかなというのでしみついてしまったのかもしれぬ…。

そういえば。上級者の練習を聴いて、その激しさに「あそこまで到達するのは無理っぽい」と思った10代の記憶がよみがえりました。
あの頃、指が速く動くとか、長距離の跳躍を外さない正確さとかよりも、強弱のダイナミックレンジに圧倒された率が高かったんですわ。指を速く動かすのは練習次第でなんとかなりそうというか、習い続けていれば誰でも自動的にあのくらいできるようになるんでしょう?と、たいして気にとめていなかったっけなあ。
当時から、指のテクニックではない表現力が自分にはないと感じていたのかもしれないなあ。

やたら音が大きく響くスタインウェイのピアノで本番を弾いて「おおう!」となりながらいろいろと勉強になったので、次に活かしたいところです。
強弱問題はピアノならではの課題の一つですな。
さて、チェンバロもがんばろう。

2017年9月 4日 (月)

幼少時のレッスンの記憶

発表会後の懇親会で、大人のヴァイオリンの生徒さんたちの中に子供の頃ピアノを習ったことがある人が結構いらっしゃることがわかったのですが、全員が「早々にリタイアしてしまった。退屈できつい課題をビシビシやらせる先生だったから」という衝撃的な告白。いや、よく聞くパターンだったか…。
楽譜がさらっと読める状態にも至らずに、この教室に入ってから音楽好きになっていったのでした。

退屈で子供にはつらい教材でも避けては通れない道だとは思うのですが、鬼のようにしごかなくても、やらせ方はいろいろあるでしょうね。
別にうまくならなくてもいいもん!という気持ちが巣食ってしまったら終わりでしょう。
私はのほほんとした子供だったので練習に負の感情を抱きにくく、どんな教材でもなんの疑問も感想も抱かずに、毎日決めた時間だけきっちり機械的に練習して「今日のノルマ終了~♪やったぜ(達成感!)」という感じでした。
練習は好きでも嫌いでもなかったというのが正直なところです。
少なくとも「嫌いではなかった」から続いたのだなあと感慨深いですが、最初の先生がスパルタ指導タイプではなかったのが大きかったと今になって気づきました。当時は比較の対象がなかったのでどんな先生かと問われても「こわい先生ではない」くらいしか言いようがありませんでしたが、今ふりかえると「カリキュラムはしっかり/指導は優しく」だったと思います。
今の先生につくときに、教室主宰のヴァイオリンの先生と3人で面談をしまして、どんなレッスンを受けてきたかを説明したところ、「小さい子にも手を抜かずにフルコースのメニューで教えておられたんですねえ」と称賛されました(私が賞賛されたわけではないが、なんだか嬉しい)。
なんとなく好きな曲を楽しく弾けるようになったらいいなという感じで子供に習わせる親は多いと思うのだけど(特に親に楽器経験がない場合)、そういうことなら教材はそんなにいろいろいらないんですよね。ただそれだと応用がきかなくなるので、早いうちに基礎は叩き込んだほうが後々ラク…。叩き込むという語感が幼児いじめみたいでアレなのかな。そこは先生の腕ですよね。
昨今は、教材を作る作曲家の先生がたも現代の感覚で工夫をこらした良い教材を生み出していて、今の子供たちがうらやましいです。

あの頃があって今があるということをつくづく感じた一日だったというお話でした。
子供の頃にピアノに挫折した皆さんはもうピアノに戻る気はないそうですが(ヴァイオリンに打ち込んでいるからいいんだよね)、ピアノ未経験の方は「やってみたい気持ちはすごくあるが両方できるか迷っている」とおっしゃるので、ピアノ科の先生生徒で強力プッシュしまくりました。
今からだったらトラウマになるようなレッスンはないですし、きっと楽しいですよ~。

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