2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

楽譜

2017年4月26日 (水)

古書店で

1~2ヶ月に1度、楽譜専門の古書店をのぞいています。
どなたかが蔵書を手放さないと棚の中身は増えませんので、これはと思う出物が見つかるかどうかはタイミング次第。

本は買ったときのままきれいに読みたい派ですが、楽譜の場合は、開き癖はバンバンつけますし、鉛筆による書き込みも躊躇しません。めくりやすいように頁の角を折るなんざ当たり前、不注意で曲げてしまってもまあ我慢できる。
そんなわけなので、少々汚れていても楽譜なら古本でも可。
著作権の関係で新刊本が高価な作曲家の楽譜、絶版等で手に入りにくい楽譜、自分は弾けないがじっくり見たい楽譜、あまり思い入れはないが一応持っておきたい楽譜(モツのピアノソナタ全曲とか)などを古書店で探します。

先月チェックした際に、気になるが即買いをためらった楽譜がありまして、ちょいちょい思い出してはやっぱり欲しいかもなあ…となって、自分の誕生日に行って残っていたら買おう!と決め、ついに手元にやってきました。

プロコフィエフのピアノソナタ第7番なんですけど、プロコの楽譜って本当は(?)1種類しかないんです。いろいろな出版社が版権を買って出しているけれど、中身はまったく同じ。
ロシア近代の作曲家の楽譜にはこういうケースが多いですね。
他の作曲家の場合は、元の曲は同じでも出版社ごとに版を作っているので、1段の小節数が違ったり(ゆったり書くと見易いが、ページをめくる回数が増える)、音符の書体やらが違ったりします。内容に研究者の手も入っていて、どれを選ぼうか迷っちゃいます。
でもプロコなどの場合は、どの出版社の楽譜も、元の出版社のものをコピーしているのでまったくおんなじなの。
なので、1冊持っていればいいわけです。
今日買った曲は、日本の出版社からピアノソナタ3曲まとめてお手頃価格で出ているのを持っているので、最初に見つけたときにどうしようか迷ったんですよ。中身いっしょだもん。
しかし迷うのは魅力もあるからで、それはデザイン。ソ連時代の香り漂う、民俗的でチープでかわいらしいイラスト。1曲だけなので厚みがなく譜面台の上でも開き易い。
前の持ち主が使いこんだようで、謎の書き込みがたくさんしてあって、その分値段が安い。謎すぎてその意味を解読するのもおもしろそう…。日本人が書いたのかな?そこからして謎。
とても難しい曲で私などには来世でも弾けないだろうと思うのですが、第3楽章だけは現世で弾いてみたい気持ちがあったので、このかわいい表紙の楽譜でやる気アップ!なんてね。

それから、プロコのピアノソナタは1曲で1冊になっている楽譜を全曲とも集めようと思っていまして(5曲ずつ厚い本になっているのは新刊書店でも買えますがそれは欲しくない)、4番以降は割とすぐに揃いました。
が、1番から3番までの3冊がなかなか出ない。初期作品は傑作とまでは言えないせいか元々あまり市場に出ていないようで。
が、デザインがかわいらしい7番を買いにいったら3番がついに見つかりましてね!どこのどなたか存じませんがありがたや~。
3番は1楽章だけしかなくて短い上に、プロコらしさ全開しているので楽譜をのぞいてみたかったの。どうなってるのかな、と。嬉しいなあ。しかも500円。新刊で買うと3,000円以上します。弾けない(えらく難しいの!)のにそれ買うかって値段でしょ。

ついでに室内楽の古本コーナーも見てみると、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲(1番&2番で1冊)の楽譜が300円で出ていました。
安すぎる理由は、ヴァイオリンとチェロのパート譜がないからです。私にはパート譜は必要ないので、それがないおかげで激安なのはラッキー。
この2曲のピアノはとても難しいらしくて、私がレッスンに持って行くことはないと思うけれど、ヴァイオリンの人たちが(プロもアマも)メンデルスゾーンメンデルスゾーン言っているので一応楽譜は読んでおこうと頭のすみにとどめていた曲です。
この本もがっつり使った跡があり、そこそこ厚いのにどのページもしっかり開く。日本人による役立ちそうな書き込みもたくさんあるので、勉強にちょうどいいと思います。
普通に買ったら1万円弱もするのが、なんたって300円ですからホクホクです。

2016年10月 2日 (日)

バルトークの罠

ピアノのレッスンに使用している3冊の曲集のひとつがバルトーク作曲の『ミクロ・コスモス』第1巻です。
『ミクロ・コスモス』は全6巻で、1~4巻は初心者が段階を踏んで音楽性を身につけられるように作られています。指の技術というよりは、時代も地域も広い範囲で音楽性を知ってほしいと考えられている本です。
1巻は本っ当に第1歩という感じで、4巻でも指の技術だけで見るとまだ初級の範囲ですが、結構「おっと」と手を止めてしまうような部分がたくさんあっておもしろい曲集です。
5・6巻はいきなり上級クラスの難曲ぞろい。さほどの超絶技巧ではないのですが、読み込むのが大変というタイプの込み入った難しさです。

それの第1巻のまだ最初の方をじっくり見ているところなのですが、音符少ないし簡単だしと思ってスルッと弾いてしまうと、罠にひっかかってしまっているんです!
以前の私なら、はめられたことにすら気付かないでいたでしょう。指摘されても、これ罠ですかぁ?って思っただろうなあ。
今だって先生に指摘されるまでは気付かない罠がかなりあります。でも、これらをなるほどと思える感覚が育てば、これから他の作曲家の楽譜を読むときにもとぎすまされた感覚でしっかりと受け取ることができるようになりますね!

ベトモツやロマン派の楽譜にはまず出てこないことが、こんなに初級レベルなのにたくさん出てくるというのも特徴です。バルトークってやっぱり最近の人なんだ、と妙に納得のいく件です。
曲の途中で拍が変わったりする複雑なリズムもそうですし、はっきりしない調性というのもバルトークの大きな特徴です。
楽譜の一番左側に描かれる「♯」「♭」もバルトークの楽譜だとヘンテコなものがあります。
最近やった中では、♭がラの音にだけついているのが異様でした。♭ってラについていたら自動的にシとミにもついているって思うじゃん!思う以前に手にインプットされているものじゃん!
…って実は意識したこともなかったのに、この楽譜のせいで、自動的に調の法則が手にインプットされていたことに気付かされたわけですが。
どういうことかというと、この曲を弾いていると、自分でよくよく意識しない限りシやミにも勝手に♭をつけて弾いてしまうという気持ち悪いことが起きてしまうのです。
通常の記譜ルールでは、ラだけに♭をつけたいなら、曲の中でラが出てくるたびに一つ一つ音符の横に♭をつけるんですよ。1曲全体のすべてのラに♭をつけるのは面倒だから楽譜の左端につけておくのもルールではありますが、ラだけに♭のある調は存在しないので普通はしません。が、バルトークはちょいちょいルールにないことをしてくるそうです。
たぶん、ピアノを習い始めてまもない人、音符と鍵盤の位置をいちいち確認しながらでないと弾けない人なら、この罠にはひっかからないはずですが…。

わざわざこんなことをしたバルトークの言いたいことはなんだろう?と考えることも音楽の勉強の新しい扉だなと思います。
ラの音がもうすぐ出てくるぞというときに、必然的に「この音には♭をつけるんだぞー」と意識しないといけなくなるというのがポイントかな…ある特定の音にだけ意識が向くということはどういうことなのか。
聴いている人にも(音楽の知識がなくても)その音にスポットが当たっていることがわかるようにすべしという作曲家からのメッセージですね。
短い曲ですが、その音が最初に出てくるところは、物語でいうところの山場ということになります。そこにもっていくまでの音楽づくりも考えて、演奏の組み立てをしなくてはいけません。
最初に山場が来てからの展開も、同じように音の配置から推理して考えていって、2回目3回目の「なぜか♭がつく奇妙なラ」のキャラクターを活かす曲想を完成させます。
大曲だってこんな作業の積み重ねですから、初級段階からていねいにやっていこうと思います。

2014年1月17日 (金)

練習曲・3 ル・クーペ

フェリクス・ル・クーペ(Le Couppey)。
フランスの音楽教師。
リストと同じ年に生まれ、亡くなったのも1年違いという同世代ぶり。接点があったらおもしろかったのですが。

昔の日本では、ドイツの古典時代の教材で初心者に教えるのが定番だったと書きましたが、フランスのロマン派時代を匂わせる教材がまったくなかったわけではありません。
私の場合、お遊びのような教材(1ページに音符が数えるほどしかなく、ほとんどを絵が占めている)で音符と鍵盤の関係に慣れた後に、最初に指定された「楽譜らしい楽譜」の1冊がル・クーペの「ピアノの練習ABC」でした。
今もあるのかなと思ったら、デザインもまったく変わらぬまま(値段は数倍に…)存在しています。最近、1ページに1曲なのを2ページに拡大して絵もつけた子供仕様の編集本や、他の出版社から「ピアノのアルファベット」という題でも出ていることがわかりました。認知されてきたということですか。

練習曲とはいうものの、曲らしい曲をしており、弾いて楽しいものなので情操を育てるにも良いかと思います。
情景や感情が思い浮かぶので標題をつけてもよさそうなのものですがありません。弾く人、聴く人の想像にまかせるということかしら。
標題の代わりに番号でもなくABC…(なぜかJがない)がふってあります。順を追って難しくなるというわけでもありません。まあAよりZはちょっと大変ですが、初級の範囲内としてはほとんど差がない感じ。
速い指の動きを鍛える曲はなく、歌ってきれいな曲ばかりです。初級の入り口くらいなのでたいしてバリエーションはつけようがないのに、25曲もよく作ったなあ。
とてもとても易しいレベルだし、とてもとても短いのですが、和声(コード)の流れにおもしろみを感じますし、イッチョマエに転調している曲も多いんです。今見てみると、これぞロマン派への入り口!と感動するのですが、当時は知る由もなかった。
中学生になってからも高校生になってからも時々1冊を通して弾いて楽しんでいました。

前述のブルグミュラー練習曲に行く前段階のレベルです。私はこれを終えてからブルグに行きました。
おや。ABC→ブルグ、ならロマン派コースじゃん。そのままロマン派で進んでいかなかったのはなぜだろう。去年さんざん楽譜探しをして、ぬるいレベルのロマン派の曲がとても少ない現実にぶち当たり、そういうことだったのかと思うようになりました。
時代を追っていくと音楽史や音楽の発達の様子を身を以て体験することにもなるし、レベル的にも合うので、どうしても最初はドイツ古典に行っていたのですなあ。たぶん。
(時代順ならバロックの方が先では?と言いたいところですが、バロックは意外にむずかしく、右手と左手が独立して自由にならないうちは無理です)

まったくの初心者から初級へのコースのかつての王道は、バイエルから入るということになるでしょうか(バイエルさんが書いた教本の通称です)。
私はバイエルは使いませんでしたが、小学校時代に習っている子はたいてい「今バイエルやってる」と言っていました。
その後も今も「バイエルの途中でやめた」「バイエルは終わったけど…」のようにピアノの初歩の基準のようになっています。そして、おなじみのチェルニーさんの練習曲へと進み、ドイツ古典派一直線です。
まとめると、

 ドイツ系の教材◆バ イ エ ル→チ ェ ル ニ ー 1 0 0 番→?
フランス系の教材◆メトードローズ→ピアノの練習ABC→ブルグ25→?

フランス系のしょっぱなは「メトードローズ」という本ですが、私はこれも名前しか知りません。
で、ドイツ系(100番)にしろフランス系(ABC)にしろ、曲らしきものが弾けるようになったら、次は「チェルニー30番」でドイツ古典の基礎をたたきこむコースに統合され、併行してソナチネ(ドイツ古典が多い)及びそのレベルの曲集を習っていくようになると。
スタートがどうあれ、チェルニー30番の呪縛からは逃れられない(笑)。私の場合はブルグと30番は同時進行でした(当然ブルグの方が先に終わった)。

90年頃にピアノレッスン業界に転換期があったそうです。
ピアノがなくてもピアノを習う(電子ピアノで習う)。
クラシックではなく、ディズニー曲、ジブリ曲、アニソン、ヒット曲などのアレンジものを希望する。
そういう生徒が急激に増え、一方では現役作曲家がさまざまに工夫をこらした初級の教本を出版し始めたので、どの本を使いどう教えるのか、試行錯誤の時代に突入したとのこと。
私の時代は、ピアノを習う=クラシック以外に何があるのかという感じだった。そして、その道に進めるかどうかは別として一応そっちに行けるようにスタートするのが当たり前でした。大人は別として。…でも高度成長期に大人が趣味でピアノを習い始めるってめずらしかったと思います。周囲では聞いたことがなかったな。

基礎を固めてきても家が建つ前にやめる人がほとんどですから、習っているうちは楽しくなかったな~というパターンが多いですよね。楽天的な私は、練習曲は苦痛というほどではなかったし(おもしろくはなかったが)、少し大きくなるとバッハをやるようになって気に入ったので、へらへらと続けてこられましたが、前のめりに楽しんでいたわけでもありませんでした。
やめてから憧れの曲にはまったく手が届かなかったし、これから先も無理だろな~と思います。
しかし、これからというところでやめたその地点から先の楽しさを追っていくだけの基礎を教わったのは無駄ではなかったと痛感しています。
登頂できずとも、途中の景色を楽しむ大人の感性もついたことですし。習っていた頃は、はっきりいって外の景色なんかまったく見ていませんでした。

ジブリ曲やJ-POPなどのアレンジ本は、背表紙に「初級」「中級」「上級」と目安が書いてありますが、クラシックにおける初級の範囲内での「初・中・上」でしかありません。もっともクラシックの上級曲が弾けるくらいの人なら、アレンジ本などなくとも自分でアレンジして弾いてしまえるでしょう。
そういった曲が弾けるようになりたくて習いに行くのなら、チェルニーなどという苦行は省いても無問題。音楽は楽しくなくては。

2014年1月16日 (木)

練習曲・2 ブルグミュラー

ヨハン・ブルグミュラー(ドイツ人なのでブルクミュラーでしょうが長年「グ」で定着してしまっている)
リストと同時代の人。

「ブルグミュラー25の練習曲」が日本のピアノ初心者に広く普及しております。
未だにそうなのは、かつてこれを通ってきた人がほとんどだからでしょうか。このレベルに適当な曲集としてまず頭に浮かびますもん。

筋トレのような反復練習と、退屈極まりないチェルニー練習曲と、そんなものばかりではつらいだけです。
ブルグさんの練習曲はちゃんと音楽している感じがして好きでした(小学1年生の頃)。音楽の素養のない母も、当時「これは音楽らしさがあって良いね」と言っていました。
標題音楽なんですよね。それぞれの曲に題名がついていて、たとえば「清い流れ」という曲なら、川のせせらぎが思い浮かぶようにできています。この曲で求められる技術は、流れがとぎれないようになめらかに弾くこと。その上で、情感の表現も考えて弾くことが重要です。流れが地形によって蛇行していて動きを感じるように弾くなど。大きな岩があって流れが割れたり、ときには急流になったりするかもしれません。強弱や速さのゆらぎで表現します。弾き手の技量によってはタッチの柔らかさも要求されます(小さな子には難しい)。私はこのかわいらしい曲に表現されている川は上流の浅く狭い流れだと思いました。木漏れ日や鳥の鳴き声も想像できるような、森の中の小川。初歩の曲でもあなどれません。
つまり、技術点と芸術点の両方がつくわけです。いやどちらかというと芸術点重視。チェルニーのは、いわば技術点だけ。
上を目指すのでなければ、技術強化はほどほどにこういった曲だけをやっていっても充分かもしれません。
曲想を考えて弾くことを考えると、小学校にもあがらない小さな子にはむしろ無理があるか?私は中学生になってから改めて弾き直してみてこんなに豊かな曲集だったのかと驚いたものでした。小一のときは情感の込め方など考えたこともなかったので…ただ弾いていて楽しいとしか。

ブルグさんには「25の練習曲」の他にも、それよりやや上レベルの「18の練習曲」「12の練習曲」があることを最近知りました。
25がこれだけ普及しているのに、それが終わったからといって18、12へと進まないのは、他にもいろいろな作曲家の曲集にふれた方がいいからでしょうかね。
書店で中を見てみました。「18」も標題音楽なので楽しく練習できそうです。しませんが。「12」は曲ごとの題名がなく1番から12番と番号がふってあるだけですが、音楽らしい音楽であることには変わりありません。

とはいっても、チェルニーに比べればという話です。
当時の私には、習っている曲集以外に世界がなかったので、ブルグさんを楽しく練習できてそれはそれでまぁよかったのですが。
大きくなるにつれ、もっと複雑な和声の曲でないと満足できなくなりました。更に、近現代に書かれた練習曲をいろいろ知ってしまった今となっては、初級の練習曲としてはこれも悪くないというくらいの位置づけです。
ともあれ、良い記憶と強く結びついているので個人的には好きな教材と言えます。

2014年1月15日 (水)

練習曲・1 チェルニー

時代が進んで多様化してきたとはいえ、今でも定番の練習曲はチェルニーとブルグミュラーであるらしい。
ときに懐かしみながら、今日からしばらく練習曲の話をしてみます。

カール・チェルニー(ツェルニー表記もあり)。
自身はベートーヴェンの弟子で、チェルニーの弟子にはリストがいます。
チェルニー本人もピアノがとても上手な教師だったそうです。
「チェルニー100番練習曲」「チェルニー30番練習曲」…以下、「40番」「50番」「60番」「110番」が出回っています。他にもいろいろいろいろ教材っぽい曲を山ほど書いている。熱心な先生だったのですかね。
「100番」なら100曲入り、「30番」なら30曲入りという意味です。1曲は短いのですが、曲とは言いながら音楽らしさのない単調な練習で、仕方なくやらされていた人がほとんどでありましょう。先生も心を鬼にして与えていたはず。

「100番」「110番」は入門編。「30番」が初級から中級の橋渡しくらい。「40番」が中級に入ったくらいから中級卒業くらいに向けて。この辺まではやった人は多いはず。
「50番」「60番」は上級向きですが、このレベルまでくると他の作曲家が書いた高度な練習曲(ショパン、リスト、ブラームス…)の方がいろいろな技術が身につく上に音楽としても美しいので、わざわざチェルニーをやる人は少なくなってきます。
チェルニーの練習曲には、ロマン派後期の難しい曲を弾くための技術が盛り込まれていないというわけです。
モーツァルトやベートーヴェン、ハイドンなど古典時代の曲を弾くには、チェルニーの練習曲をみっちりやった後だとすんなりいきました。子供だった本人はそんなことわかっちゃいませんでしたが、これらの巨匠のソナタの楽譜を見てもひるむことなし。
逆に言うと、ぐっと時代が下ったドビュッシーなどの楽譜は、音符が少なめの比較的易しい曲であってもちょっと「んんん?」となる。近頃では子供のうちから新しく作られた練習曲をさせて慣れさせる方法が広まってきたと知り、「昔からこうやってきたのだから!」という指導の動脈硬化は治ってきたんだなーと思いました。

だからといってチェルニーは簡単には廃れない。
少なくとも、古典を弾く技術はつくのだもの。どんな技術だってないよりはいいじゃないですか。
今シューマンを習っていて「その弾き方はベートーヴェンならいいのだけど」と指摘されて新しいことを教わることがよくあるのですが、見方を変えれば古典奏法だけは体にしみついているのかなーとも思えたり。

廃れていない中でも「30番練習曲」は日本で最も普及しているのではないかと思います。
小学生の頃にやめてしまった人でも、この本は途中まではやったはず。幼児期に「100番」を使わずにきた子でも、次の段階に入ると「30番」はほぼ必須でしょう。
私もやりました。1曲終わっても次の曲も退屈で同じような曲調で、延々続く煉獄の印象です。同じようではありますが、1番と終わりの方では難しさが段違いというのもいや~な感じよね。
指定速度でミスなく粒をそろえて弾けるようになるまでひたすら特訓。クリアできても、この曲そのものには喜びがない。しかし、これで培った技術で、巨匠の書いた美しい曲が弾けるようになるのでありました。
やっと「30番」1冊が終わってやったーと思ったら「40番」が待っていた。技術レベルが上がるだけで、演奏することに喜びのない曲であることには変わりはありません。中学3年にあがる直前に習うのをやめ、「40番」は最後までできませんでした。どのあたりまでいったのかまでは思い出せません。

さてピアノ再開して技術をとりもどすために練習曲を取り入れよう、と思ったときにチェルニーは選択肢には入りませんでした。
一度ついた古典の技術だから今更ここに戻らんでも…というのもあったけれど、音楽をしている喜びを感じられる練習曲がたくさん存在しているのにわざわざこれを選ぶ必要がどこにある!と思ったので。
ただね~、このスパルタに耐えてこそ咲く花ってもんもあるよね、とも思うのでありました。昭和の香りがしますねー。ハハハ。まあ遠く過ぎ去った昔のことだから言えるのだけども。

2013年11月21日 (木)

ベートーヴェンも…

ピアノを再開した当初、古典派は当分弾きたくないと思っていましたが、最近ちょっと気が変わってきました。
もっと指の動きが取り戻せてきたら、ベートーヴェンならちょっとやってみてもいいかも。
習ってきた中で印象が強かったソナタをもう一度でもいいし、ヴァイオリン・ソナタ(伴奏はピアノ1台)もいいかも。
後期のピアノ・ソナタはまあ無理でしょうよとは思っていましたが、「畏れ多がっていないで趣味の人も後期ソナタをやってみようよ」とブログで呼びかけている人もいてなんだか勇気づけられました。29番「ハンマークラヴィーア」だけは絶対できないっぽいが。

好きならば背伸びも大いに結構ということにしたらすごく気持ちが軽くなりました。
相手がいないからと問題外扱いにしていたソロ以外の曲も「どうせ趣味なんだし気軽に手を出してみれば?」の一言で候補に入ってきます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」とか同「春」とかどうでしょう。
「春」って、原題は「フリューリンク」でしょ、だからエーリクを連想してふふふ♪となるしね。萩尾望都世代♪
「クロイツェル」ならグレアムの気持ちを想像しながらなりきるのもいいし。

盛り上がったついでにちょっと楽譜を見てみようと思い、楽譜屋に行ってきましたよ。
「ヴァイオリンの楽譜とピアノの楽譜は別々に売られていてそれぞれの棚にある」と予想して探したらハズレで、別売りではありませんでした。ちょっと考えれば当たり前だった。
で、「ヴァイオリン・ソナタ」ですからヴァイオリンの棚で扱っていました。うろうろしちゃったよ。
どんななのか見るだけで当面は満足しました。折を見てそのうち挑戦してみたいです。
五重奏などのピアノパートもいずれのぞいてみたいなあ。やりたいことが次々に出てきて嬉しいなあ。

2013年7月31日 (水)

アレンジの妙

楽譜店のサイトで新刊楽譜情報を見ていると、
『三枝成彰アレンジ・アルバム①花』
『三枝成彰アレンジ・アルバム②青い目の人形』
というタイトルが目に入りました。
35年近い時を一瞬にしてさかのぼり、興奮した日々を懐かしく思い出します。

★1979年★
三枝氏の名を知ったのはNHK「みんなのうた」での唱歌のアレンジでした。
幼稚園はもちろんのこと、小学校でも「音楽の先生」がいない場合があって、童謡や唱歌にテキトーな和音をつけた、ぶかぶかしたオルガン伴奏がまかり通っていました(今はどう?)。和音の種類を3つか4つだけ覚えるのが精一杯で、それで全部まかなおうというのだから、どの歌も同じような響きになっておもしろみがありません。せっかくメロディは美しいのにもったいないこと。
プロが伴奏をつけたレコードではそんなひどいことはないものの無難なアレンジが当たり前で、私は唱歌も童謡もつまらない音楽と認識してしまっていました。
そして1979年(私は高校生)、「みんなのうた」で始まった三枝アレンジシリーズの最初が「早春賦」でした。奇をてらったものではないけれど、とても新鮮に聞こえてきたのでびっくりしました。すぐにNHKテキストを買いに走って弾いてみて、難しい音符ではないのにこんなこともできるのか!と感嘆したものです。今ふりかえるとそれは驚きすぎだったと思うが…。
その年に4曲のアレンジ唱歌が放送された中で、2番目にとりあげた「夏は来ぬ」が一番ツボに入りました。3番だけ急に8ビートになってオイオイと思ったりもしたけれど、それよりもコードの流れが唱歌にあるまじき(?)モダンなものだったことが私にとって強烈だったのです。前奏からしてとても日本の唱歌っぽくない響きをはらんでいて、これからあの歌が始まるとはとても思えない。また1番と2番の間の夢見るような間奏にもうっとり。どっちかというとイギリスの田園でキーツかなんかの詩でも読んでいるような気分です。
他の2曲のアレンジはじきに忘れてしまったけれど、この2曲、特に「夏は来ぬ」の方は折にふれ思い出していました。
冒頭の新刊楽譜のタイトルからして、唱歌の大胆アレンジ集かもしれない。あんなのがいっぱい載っているなら欲しいに決まってます。
すぐに見に行って中を確かめると「夏は来ぬ」も載っていました。「みんなのうた」よりも少し難しくなっていますが、あのアレンジを元にしてあります。他の曲もほどほどの難度でおもしろそう。
薄い本なので2冊とも買ってみました。一応、全曲さらっと流してみましたが、原形をとどめていないくらいにいじっているのは譜読みが面倒で練習しないと形にならない。その手ごたえのある感じがまたよいのだ。練習しても絶対無理、だと萎えますが、ちょうどいいくらいの難度でした。

★1980年★
「みんなのうた」の衝撃の翌年のこと。
TVアニメ「鉄腕アトム」のリメイク版が作られ、その主題歌のアレンジが三枝氏でした。
誰もが知っているあの主題歌のメロディと歌詞はそのままに、伴奏とビートを変えたのです。
オリジナルの主題歌は、健全だし無理のないメロディラインだし、音楽的に「正しい」ことしかしていないので特に文句はないもののおもしろみはまったくないというのが正直なところです。
リメイク版は、やはりコードの使い方にハッとする箇所が多く、「夏は来ぬ」の人か~やっぱそうか~、と妙に納得しました。
1993年にラフォーレミュージアムで開催された「私のアトム展」でこの主題歌が聴けて、本当に懐かしかったが、ビートに多少の古さを感じて苦笑しちゃった。

★1981年★
三枝氏作曲『ラジエーション・ミサ』が発表されました。
これは現代音楽に入るのかな。プログレ?
ミサ曲の形式をとってはいるけれど全編シンセサイザーによる演奏で、演奏者は当時の名うてのシンセ奏者たちでした。難波弘之氏や向谷実氏などジャンルもいろいろ。
FMで聴いて気になったのでLPを買ったのだけど、「夏は来ぬ」やアトムほどの影響は受けなかったなあ。
現在は廃盤になっていて2005年のライブ盤CDも入手困難らしいけど、シンセ過渡期の実験作、歴史的資料というもので、普遍的な輝きを持つ作品とは違うから(私見)仕方ないのかもしれません。

私が知っている三枝氏はこのあたりまでです。
このあと改名して今の字になるのですが(読みは同じ)、私の記憶にある三枝といえば成章だなー。
現代音楽の作曲家というイメージが今でも一番に浮かびます。

2013年6月30日 (日)

どちらにしようかな

子供向けの、1曲が1~2ページしかない曲ばかりをしばらくリハビリで弾いていましたが、ひょっとすると飽きてきているのかもしれないと思ってしまった「音楽の日」@TBSの昼下がり…物足りないよー。
子供だった頃は2ページでも充分に長いと感じていましたが、1曲7~8ページがザラというところまでやってきた大人なので、いくら現状の指の技術的にはちょうどよくても頭の方が先に行きたがってしまうのでしょう。

シューマンのユーゲントアルバムを習うなら、第二部の「大きな子供のために」からでいいかな。
第一部は易しすぎるせいか、ロマン派らしさがちらほら見え隠れするくらいで、ここからやる必要性を感じない。これの譜読みが自分でできないレベルなら習う必要があるけれども…。
一方、いきなりここからでは背伸びかな?と思っていた「子供の情景」、なんだったら習い始めはここからでもいいのかもしれない。
何からが妥当か自分では判断できない。先生に相談だ(ふと「牛乳に相談だ」というCMソングを思い出した)。

ピアノの体験レッスンは今週予約しています。
曜日違いで2箇所。曜日と場所のそれぞれのメリット・デメリットでは選べなかったので、先生との相性で選ぶことにしました。
チェンバロの先生が1発で当たりだったので、ピアノもうまくいくといいですね。

2013年6月27日 (木)

楽譜の正確さ

36年前に習った『フランス組曲』5番を原典版の楽譜で弾いてみて、ほとんど指が覚えていたので「懐かし~そうだったそうだった」とウキウキしたのですが、終わり近くのところで覚えのない音符が2つ出てきて驚きました。
そこは白玉だったはずだが…でもこの2つがあった方が断然カッコイイ!
レッスンに行ったとき、まず最初にそのことを話すと、先生も驚いていて「どこですか?」「ここの…これとこれがなかったんですよー昔のは。大胆なことに」「うーん…どうしてこうなった。もういっそ春秋社の楽譜でのコンサートもおもしろいかも」「一周回って新しいっていう」あははは、あははは。
先生も音大に入る前段階では私が使っていたのと同じ春秋社の楽譜で習ったそうですが、年齢が2回りくらい違うから改訂されていたのかも。
(春秋社は文芸春秋社とは関係ありません)

今週はレッスンのない週なので、今日の仕事帰りにレンタル練習室で自主練習。
なのにうっかり楽譜を持ってくるのを忘れてしまい、昼休みに無料楽譜サイトでダウンロードしました。
※著作権の切れたクラシック作曲家の場合、違法にはならない。ただし、出版社の版権、校訂がついている場合は校訂者の著作権が生きているので扱いは難しそう。
しかしこれが見にくかった。音符は同じでも、棒が上向きについているか下向きか、上段に書くか下段か、あまり工夫されていないんじゃないか。帰宅して比べると、ベーレンライター版のなんとすっきりと見易いことよ…。
ダウンロードした方の楽譜だとアーティキュレーションをどこに入れるべきか、ぱっと見てわかりづらいし。ピアノで適当に弾ければいいだけならこれでも構わないけれど、きちんとバロック語法で弾くにはこれじゃダメだ。
そして、ダウンロードした楽譜は、例の箇所に音符が2つないバージョンでした。ほらーやっぱり白玉だわー。あとよく見ると、ところどころ微妙~に音符の長さが違っていて、そこは伸ばして次の音につなげなければならないのに切れている、というのがいっぱいあるのです。次回のレッスンに持っていってネタにしてやろう。
どこの楽譜をアップしたんだろうか。CDの演奏を書き起こすソフトにかけて作ったとかかなあ。

2013年6月24日 (月)

子供のシューマン

Kinderszenen/Album für die Jugend ヘンレ社原典版
子供の情景/ユーゲント・アルバム  ロベルト・シューマン

ピアノでの未踏の地、ロマン派への入り口はこれにしました。
シューマンの易しめの曲集が2つセットで1冊になっていてお得だし、2007年に出たばかりの新版で評判が良いのです。子供も弾くだろうからか、運指がしっかりついているのも決め手の一つ。

『ユーゲント・アルバム』はシューマンにしてはえらく易しい譜面という第一印象でしたが、弾いてみると「えらく」は言い過ぎでした。初級の一番上くらい。
キンダーじゃなくてユーゲントですもんね。そんなに小っちゃな子供のお稽古用ではないのか。
全43曲のうち、18番までが第一章で「小さな子供のために」、19番から第二章「大きな子供のために」となっています。ん?やっぱり子供っち用なの?もみじのお手々では無理な1オクターブとる部分もあるぞ。
1曲1曲についた題名が具体的なので、曲想をイメージしやすく、そこら辺はやはり子供用の配慮かな。
ペダルの使い方はやっぱり見ただけじゃよくわかりません。重点的に習いたいところです。

『子供の情景』は見た目は易しそうだけれど中級以上といわれています。プロの演奏家がコンサートに選ぶくらいだから弾き応えはずっしりあるんですね。
全13曲。1ページで完結している曲が多く、長くても2ページ。繰り返し記号が多くて、それでそこそこ長くなる。
一番有名な「トロイメライ」は本当に見た目すっきりしていて、こんなの初見でいけるじゃんと思ったが美しく弾くまでにどれだけかかることやら。内声部の響かせ方や、弱い音でのレガートなど練習することがたくさんありそうです。親指と中指の強さのコントロールが思うようにいかない現段階では歯が立ちません。といって「トロイメライ」は特に好きなわけではないですが。
スピードが速くて無理なパターンの曲もありました。
取り組むにしても、『ユーゲント・アルバム』が終わってからでしょうね。

♪♪♪

『子供の情景』くらいの難しさで『森の情景』というのもあります。
陰影が深く、「気が変」な感じはシューマンのピアノ曲の中でも5指に入るのではないだろうか。
この中の1曲「予言の鳥」だけ楽譜があったので中学生の頃に好んで弾いていました。奇妙で不安な感じのパートの間に夢の桃源郷の世界がはさまっている形で、ファンタジー好きにはたまらんものがあります。
「物悲しい花」「気味の悪い場所(呪われた場所という訳も)」などという曲も入っており、おもしろそう。これもやってみたいな。

8月から習い始めるつもりなので、7月に体験レッスンをとってもらっています。先生との面接みたいなものです。相性もありますからね。合わなかったらチェンジ可。
ロマン派の中で好きな度合いが、シューマン>リスト>>>>>ショパンっていうの、一般的には逆が多いのでシュミが合うといいなあ。重要度ではショパンが上に来るのはわかるんです。単なる好みの問題の話。
チェンバロの先生とは「ショパン?興味なし!シューマン、いいですねぇ♪」で一致しておる。チェンバロには関係ないけど。

より以前の記事一覧