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音楽と物語

2016年6月 3日 (金)

《ファロ警部》シリーズ

小説シリーズ続きます。
こちらもエジンバラが舞台、時代は少し古くてヴィクトリア朝です。

アランナ・ナイト『蒸気機関車と血染めの外套』 創元推理文庫 2013年発行

妻を亡くしても後妻を迎えないままのファロ警部と、亡き妻の連れ子ヴィンス医師が仲良く事件を解決するシリーズです。
血はつながっていないので、実の親子ほどの生々しい絆とは違う一種の「バディ」ものともいえます。
二人の微妙な距離感がふらふら動く様子もおもしろい。
シリーズは3作目まで翻訳されて打ち止め。歴史ものとしてもミステリーとしてもやや軽めだったのが吉と出たか凶と出たか。

シリーズ3作目の本作においての音楽要素が印象的でした。
ファロ警部はクラシック音楽が好きなんですな。
耳が肥えているらしく、仕事人間だと思っていたのにどこで時間を作っているのかかなり聴いてきたと思われます。

女性の社会進出が許されず、上流家庭にあっては夫のプライドのために精神的にも抑圧されている女性たちも登場し、ここでは事件の中心にいるご婦人がその最たるものでした。
作品冒頭、地位のある夫の開いたパーティの席上でピアノを弾き、その腕前でファロ警部におっと思わせる登場の仕方。
控えめで影薄いイメージとピアノの腕のミスマッチが印象的でした。
ちょっと興味をひかれるくらいのファロ警部はいいとして、義理の息子のヴィンスは彼女に夢中になってしまいます。
老人の妻になって養われているのには事情があり、その後の事件も彼女の秘密に関係しているらしい…。
疑惑もあるがそれはそれとして、ピアノに関しては手放しで賞賛する気持ちでいるファロ警部、複雑ですねえ。同情要素はたっぷりあっても事件はうやむやにはできませんからねえ。

人間のすることがどうであれ、素晴らしい音楽は超然とそこに存在しているという空気が、彼女と警部のシーンに流れていました。
細かいことは忘れてしまったけれど、それはくっきり残っています。

2016年6月 2日 (木)

《日曜哲学クラブ》シリーズ

音楽関係者が主人公だとか、音楽活動についてをテーマにしているだとか、その筋立ての核に音楽を据えている小説は多くはありません。
前回書いた《ヴァイオリン職人》シリーズのような、音楽面でも満足できる小説にはなかなか出会えないけれど、音楽がメインではなく隠し味になっているくらいのなら、そこまで少なくはありませんね。
隠し味どころかもっと控えめに、スープに散らした乾燥パセリのかけらくらいのもありますが、それが案外良かったりすることも。
今日は、音楽がメインではない《日曜哲学クラブ》のシリーズについて書いてみます。

アレグザンダー・マコール・スミス
『日曜哲学クラブ』2009年8月発行
『友だち、恋人、チョコレート』2010年1月発行
創元推理文庫

現代のエジンバラを舞台にした、一応ミステリー小説なので、あの人の行動にはこんな理由があったのか!といった謎解きはあります。
でも、トリックがどうのこうのではない部類の小説です。
登場人物たちの考え方や行動が丁寧に書かれていて、自分もエジンバラでこんな風に暮らしてみたらどうなるかなあと想像してしまいました。

音楽要素は、主人公の女性がクラシック音楽好きであること、若い友人(微妙な恋心もあり)がチェロを教える仕事をしていること。
本筋には影響しない設定ですが、存在はすれど活動はしない「日曜哲学クラブ」のメンバーだけあって、とにかくよく考えよく話すわけでして、小説のはしばしに音楽愛が見えるんですよね。
当たり前に日常的に音楽を楽しむ人たちであるということが、じんわり効くのです。
この小説の中に漂うそんな空気をときどき思い出して、いいなあとにやけることができる。
続きも出してほしいんだけど、既刊分も入手困難だから無理か。

そういえば、シャーロック・ホームズはヴァイオリンが上手い設定ですが、彼の場合はそれが音楽愛だのには関係ないのがおもしろいなあ。
「エキセントリックな天才」の造形のためにいくつか設定してある趣味やクセの中の一つとしてヴァイオリンもある、という程度にしか感じないや(これでも小5からのホームズファンです)。

2016年6月 1日 (水)

《ヴァイオリン職人》シリーズ

3年ほどの間に気持ちがあちこち揺れ動いた末に、ヴァイオリンを習ってみたいという希望は半年ほど前めでたく天に召されて、心安らかな境地に至っておるわけですが、教室探しをするほどに一番盛り上がったときのきっかけはある小説でした。
創元推理文庫から出ているポール・アダム著《ヴァイオリン職人》ジャンニのシリーズです。
日本では2014年に2冊が翻訳出版されました。

『ヴァイオリン職人の探求と推理』
クレモナに住む腕のいいヴァイオリン職人が殺され、同業者で親友のジャンニが専門知識を駆使して真相に迫っていく筋立てですが、謎解きもさることながら(ストラディバリやグァルネリの歴史に関わる陰謀。高額楽器業界や音楽家業界の内幕もおもしろい)、ジャンニとその友人たちの人柄が魅力的で、作品世界にひきこまれました。
63歳のジャンニは、名器の修理を頼まれることもあるほど信頼されている腕前なのですが、ヴァイオリンに触れていられさえすれば幸せで、田舎で質素に暮らしています。
ものすごい名器の修理をして、その楽器と対話したりしても、別に所有したいとは思いません。
それより、才能ある若者に演奏してもらって、それを聴いている方がずっといいと考える人です。
それと、ジャンニは友人たちと余暇に楽器演奏を楽しむ人でもあります。
ヴィオラを弾く老神父、チェロは寡黙な若い(と言っても40代前半)刑事、そして作品冒頭で殺されてしまう幼馴染の同業者とジャンニがヴァイオリン…一日の仕事が終わったらジャンニの家に集まってワインを飲みながら弦楽四重奏を楽しむ日々でした。
そして、新たな被害者の親族が趣味でピアノを弾く初老の独身女性でした。少しずつ話をするうちにとても気が合うことがわかり、ジャンニの自宅合奏に参加するようになるという素敵な展開になるのですよ。ピアノ三重奏曲や弦楽五重奏曲ができるじゃないですか!ジャンニと二人でヴァイオリン・ソナタもいいし。ああ、いいなあ!
このアマチュア愛好家の演奏シーンがとても心にしみるものでして、理想だなあ贅沢はしなくてもこんな暮らし…と何度も読み返しています。
私ももっと若かったらこれらのシーンはスルリと読み流していたかもしれませんが、老年期のおだやかな暮らしに音楽のうるおい、という空気がなんとも快いものに思えてグッときてしまいました。
音楽好きな友人は何人もいますが、意外と楽器は演奏しないか、してもピアノだったりで(連弾という手もあるが…)、こういうのには縁がないんですよね。
弦楽器か木管楽器ができる友達がいたらなあ…と思って合奏をやっているヴァイオリン教室のホームページを検索してみたり。そして血迷って、いっそ自分もヴァイオリンで参加したいなあなんて思ったり。妄想と現実のハザマで本当に迷いましたよ、うろうろと。

『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』
シリーズ2作目では、敏腕ステージママに束縛されているロシアの若き天才ヴァイオリニストが出てきます。彼の楽器を修理したことで知りあうのですが、殺人事件の捜査と並行してこの母子の問題も解決するおまけつき。
ママがちょっと軟化して本人の意思を聴いてやる気になり、本人も意見が言えるようになるという。
で、前作で一人亡くなってぽっかり空いた穴を彼が(一時的にだけど)埋めて、カルテットでの演奏を楽しむシーンは目頭が熱くなるってもんです。
ジャンニは、こんな下手集団で悪いなあと思うのですが、天才クンはこんなに気持ちよく演奏できるカルテットは滅多にないと喜ぶのです。
うまい人と演奏するとこっちものせられて向上するといわれていますが、ジャンニたちも、ひととき天上の音楽を感じたことでしょう。音楽の前にあっては天才もアマチュアもなくなるのかもしれないなあ。
私が今からヴァイオリンを習っても、ジャンニたちのレベルの100分の1にも届かないでしょう。かと言って、ここに登場した趣味のピアニストも、相当のレベルです。天才クンと一緒に弾くなんて、と心から尻込みしているけれど、相当のレベルです。ちょっとやってたピアノでもこの人くらいまでブラッシュアップするにはかなりがんばらないと…と最初はちょっとネガティブになりましたが、こういうことができる日を夢見て、生きている間の張り合い・目標ができたぜ!とすぐに前向きになりました。
誰かと呼吸を合わせて一緒に一つの音楽を奏でる、という最高の目標が、この小説から生まれたという次第です。
(合奏へのきっかけは複合的なもので、この小説だけでなく、ストラディバリウス・サミット・コンサートでの弦楽器12人+チェンバロという編成にも大きく影響を受けました。そのすぐ後に、通奏低音を習おうかなと思いついたのがダメ押しに)
殺人の方は、パガニーニの未発見の楽譜にまつわる欲がからんだもののようで、またしてもジャンニがイタリア各地に調査に飛び回るハメになるのでした。歴史の隙間ネタがいっぱいでおもしろかったです。

イタリアの田舎町というのがまたいいんだな。
日曜日の午後、はたまた平日の夕方から暗くなるまでの間、アカデミックでもなんでもない感じで自然にクラシック音楽をちょこちょこ弾いて楽しむ素人たち in ヨーロッパ。心底うらやましい。